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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)769号 判決 1988年3月25日

守山市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

折田泰宏

浅岡美恵

下谷靖子

東京都港区<以下省略>

被告

北辰商品株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

西田信義

山元浩

主文

一  被告は、原告に対し、金一三九〇万七四〇〇円及び内金一二六五万七四〇〇円に対する昭和五九年七月二四日から、内金一二五万円に対する昭和六〇年四月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、金三八一六万四〇〇〇円及び内金三六一六万四〇〇〇円に対する昭和五九年七月二四日以降、残金二〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日(昭和六〇年四月二〇日)から完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し、別紙Aの倉荷証券目録記載の倉荷証券(以下本件倉荷証券という)を引渡せ。

2 被告は、原告に対し、金二六二万〇五四八円及びこれに対する昭和五九年八月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因等

一  別紙Bの原告最終準備書面(但し左記のとおり一部を訂正する)記載のとおり。

1  第三項2①の末尾に「キログラムをFに後日切替」とあるのを「三キログラムをFに後日切替」と訂正

2  第三項2⑤の「E名義」の次に「五七・」とあるのを「五七・一一・一二」と、「五九・三・二三 金一〇〇万円」とあるのを「五九・三・二二 金八五万円」と各訂正

3  第四項1(1)の末尾から四行目に「支払計金三六〇六四〇〇は」とあるのを「支払計金三六〇六万四〇〇〇円は」と訂正

二  被告は、東京金取引所の正会員であって、顧客から手数料を得て金銀等の売買の委託を受け、自己の名をもって委託者の計算において金銀等の売買をなすことを業務としている者である。

訴外B(以下Bという)及び同C(以下Cという)は、いずれも被告京都支店勤務の外務員で、Cは同支店長であった。

三  原告が原告、E、F(以下原告らという)名義で被告に委託してなした先物取引は別紙Cの(一)ないし(三)の取引経過表記載のとおりである。

四  右取引の過程で、原告は、原告ら名義で合計一〇キログラムの金地金を購入したが、Bの勧めにより、右金地金を一キログラム毎に分けて三井倉庫あるいは三菱倉庫に預け、本件倉荷証券外一枚(以下訴外倉荷証券という)以上合計一〇枚の倉荷証券を所有するに至った。

五  原告は証拠金として前記倉荷証券を順次被告に預けたが、そのうち訴外倉荷証券は、昭和五九年七月三一日被告によって金二六二万〇五四八円で換価され、前記先物取引の損金に充当された。残る本件倉荷証券は現在も被告が占有している。

第三請求原因に対する答弁等

一  別紙D、Eの昭和六三年二月一二日付被告準備書面(一)、(二)記載のとおり。

二  請求原因第二項の事実は認める。

三  同第三項につき、原告が原告ら名義で被告に委託してなした先物取引は別紙Fの売買状況表(一)ないし(五)記載のとおりである。

四  同第五項の事実中被告が本件倉荷証券を現在占有していることは認める。原告が原告ら名義で被告に預託した先物取引の証拠金及び同代用有価証券の状況は、別紙Gの(一)ないし(三)の委託証拠金(現金・有価証券)の預託と返戻一覧と題する書面記載のとおりである。

第四証拠

記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  以下の事実は当事者間に争いがない。

原告は、昭和五五年から滋賀県<以下省略>において開業している歯科医師である。被告は、東京金取引所の正会員であって顧客から手数料を得て金、銀等の売買の委託を受け、自己の名をもって委託者の計算において金等の売買をなすことを業務としているものである。BとCは、いずれも被告京都支店勤務の外務員で、Cは同支店長であった。

二  原告の先物取引の経過等

1(一)  原告が、被告との間において、昭和五七年九月二七日原告名義で、同年一一月一二日原告の弟のEの名義で、同五八年二月一六日原告の子のFの名義で、先物取引委託契約を締結したことは当事者間に争いがない。

(二)  そして、原告が被告に委託して原告ら名義でなした先物取引の内容が、左記のとおり、証拠によって認定し訂正する部分を除き、別紙Fの売買状況表のとおりであることは、当事者間に争いがない(なお以下に右売買状況表を引用するときは、右訂正後のものを引用する趣旨である)。

右売買状況表(二)の「約定月日」欄の上から三、四段目に「4・30」とある部分は、成立に争いない乙第二号証の二によれば「四月二八日」と認められ、また同欄の上から二五段目に現受けの日が「3・29」とある部分は、右書証によれば「三月三〇日」と認められるので、いずれもその旨訂正する。

2(一)  原告の被告に対する証拠金(合計金三六、一六四、〇〇〇円)預託の年月日、金額が次のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(1) 原告名義

五七・九・二七 金三六〇万円

一〇・四 金一四四万円

五八・二・一 金八四万円

二・二二 金一一九万六四〇〇円

二・二三 金七万八〇〇〇円

小計七一五万四四〇〇円

(2) E名義

五七・一一・一二 金二五二万円

五八・二・二三 金八四万円

三・一 金一八〇万円

四・二五 金九四〇万四二〇〇円

一〇・二四 金二〇〇万円

五九・三・二二 金八五万円

七・二三 金一〇万円

小計一七五一万四二〇〇円

(3) F名義

五八・二・一六 金二九四万円

二・二二 金八五五万五四〇〇円

小計一一四九万五四〇〇円

(二)  原告が左記のとおり金合計一〇キログラムを現受けし、即日その金の倉荷証券(本件倉荷証券九枚はその一部である)を証拠金として被告に預託したこと、右本件倉荷証券は現在も被告が占有しているが、残る一枚の訴外倉荷証券は、昭和五九年七月三一日被告によって換価され、先物取引の損金二六二万〇五四八円に充当されたことは、当事者間に争いがない。

(1) 原告名義

五八・二・二八 二キログラム

(2) E名義

五八・四・二八 四キログラム

五九・三・三〇 一キログラム

(3) F名義

五八・二・二八 三キログラム

(三)  そして、弁論の全趣旨によれば、原告預託の右合計金三六一六万四〇〇〇円は、被告の計算に従うと、現在金二七二万〇五四八円の現金及び九枚の本件倉荷証券に変わり、他方原告は前記先物取引により合計金一九四四万一〇〇〇円の損失を出していることが認められる。

三  被告の不法行為の成否

原告は、原告が被告に証拠金として預託した前記金三六一六万四〇〇〇円全額が被告の不法行為ないし被告従業員が被告の事業執行に際してなした不法行為による損害である旨主張するので、以下検討を加える。

1(一)  原告本人尋問の結果(以下原告の供述という)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告との間で本件先物取引委託契約を締結するまでは、先物取引の知識経験がなく、被告に委託してなした本件先物取引では、当初はBの、そして昭和五九年春以後はBと交替したCの、各アドバイスに従って、右両名の主導の下に、取引を継続したことが認められ、証人B、同Cの各証言中右認定に反する部分は、原告の供述及び前認定の本件先物取引の経過(即ち別紙Fの売買状況表から明らかなように、原告の先物取引の態様が、原告に対する担当外務員がBからCに交替するのに伴ない一変しており、これはBとCが原告に与えたアドバイスの差によるものであり、かつ、原告が右アドバイスに従って先物取引をしていたものと推認するのが相当である)に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足る的確な証拠はない。

(二)  そして、右の事情に加え、先物取引が高額の損益を生じさせる高度の投機性を有し、またその仕組みが複雑でいつの時点において如何なる建玉をしあるいは落玉をするかの判断にはかなりの専門的知識を必要とするものであること(これは公知の事実というべきである)を参酌すると、被告ないしその外務員のB、Cとしては、委託者の原告が損失発生の危険の有無・程度の判断を誤ることのないよう配慮すべき注意義務を負っていたものというべきである。

2(一)  原告は、被告外務員Bらが、安く金地金現物を購入できるとして、被告との間に先物取引委託契約を結ばせたものであり、原告は安く金地金を購入する契約であると誤信して契約書に署名押印した旨主張する。

そして、原告の供述中には、手付金を払って金地金の通常の売買契約をしたかの趣旨の、前記主張に沿う供述部分があるけれども、これは、別紙Fの売買状況表の内容、乙第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし五、第七号証の一、第八号証の一、B及びCの各証言に照らし、信用できない。

却って、右の売買状況表及び各証拠(但し、原告の供述、B及びCの各証言は、いずれもその一部)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、今が金の買いどきである旨のBらの勧めに従がい金の現物を安く入手する手段として被告との間で先物取引委託契約をしたこと、Bは、いずれ原告に差金決済の先物取引を勧誘する意図であったが、当面の原告の関心が金の現物の入手にあったため、右契約締結時に所定の書類等を原告に交付するに際し、差金決済の先物取引の内容を精確に説明せず、また原告においても右書類等をあまり読まなかったことが認められ、原告の供述、B及びCの各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠等に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  原告は、被告が原告から倉荷証券を不当にかつ過大に証拠金として預かり追証制度を潜脱した旨主張する。

前に判示した事実、別紙Fの売買状況表、原告の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五八年二月二八日、原告名義で金二キログラム及び大名義で金三キログラムを現受けしたが、かねてより原告を差金決済の先物取引へと勧誘する心算でいたBから、「今すぐ必要でなければ当社のほうで委託した倉庫のほうに保管しますが、そのほうが安全上いいんじゃないですか」とアドバイスされて、その気になり、右現受けにかかる金の倉荷証券合計五枚(成立に争いない乙第一号証の二、第三号証の一によれば、右同日の約定値段が金三六〇〇円であるから、右五キログラムの金の価格は金一八〇〇万円にもなる)を即日被告に証拠金として預託したこと、なお、原告が差金決済の先物取引の目的で初めて建玉したのが同年四月二〇日の金二枚(値段は合計金六、八八二、〇〇〇円になる)の買玉であるから、この間約五〇日が経過していること、加えて、当時としては右五枚の倉荷証券の証拠金で十分であったのに、被告は、同年四月二八日、原告がE名義で現受けした金四キログラムの倉荷証券四枚(成立に争いない乙第二号証の二によれば、右同日の約定値段が金三三〇九円であるから、右四キログラムの金の価格は金一三二三万六〇〇〇円になる)についてもこれを即日原告から証拠金として(追加的に)預っていること、そして爾後は、原告が被告に対し昭和五八年一〇月二四日と同五九年三月二二日預託の合計金二八五万円等でE名義で同月三〇日現受けした最後の金一キログラムの倉荷証券一枚につき即日証拠金とし追加預託を受け、更に同年七月二三日金一〇万円の証拠金の追加預託を受けた場合を除き、原告から追証を徴することなく先物取引の受託を継続し、遂には原告に多額の損害を生じる結果に終わったことが認められ、Bの証言中右認定に反する部分は原告の供述に照らし採用できず、乙第一八号証の一、二も、原告の供述に照らすと、原告がBの求めるままに書いた疑いがあり、未だ前記認定を覆すに至らず、他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。

そして、右事実によれば、被告が前記昭和五八年二月二八日と同年四月二八日に原告から合計九枚の倉荷証券を証拠金として預かったことは、時期的にまた金額的にみて不必要かつ過大な証拠金の受託であり、追証制度の委託者保護機能を潜脱するものであったというべきである。

(三)  原告は、Bが昭和五八年二月ころ以後原告に差金決済の先物取引を勧誘するにつき、その投機性の説明をせず、また断定的判断の提供をした旨主張する。

別紙Fの売買状況表、原告の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、弟のEから預っていた金員までつぎ込んで原告ら名義で昭和五八年二ないし四月金合計九キログラムを現受けしたのであるが、当時金の相場が下がっていて現受けした金の価値が目減りしていたため、安く金を入手する方便として先物取引を勧めたBに対し、話が違うでないかと苦情を言ったところ、Bから、一時的に金はちょっと下っていますが、必ず上ります、レーガンの高金利政策はいつまでも続きません、先に取得した金を担保にして取引をし目減り分を取り返しましょう等と勧められ、先物取引の危険性については説明をされなかったため、原告は安易な考えから右Bの勧誘に従がい差金決済の先物取引を始めたこと、原告は、その後の昭和五八年末か翌五九年始めころ、被告から送られてきた報告書中のマイナス表示の意味をBに問い、同人から、今一時的にマイナスでも最終的にはプラスになります等と説明されていたが、昭和五九年春ころ原告方に勧誘に来た訴外フジチュー株式会社(以下フジチューという)の外務員から前記マイナスの表示が現実の損害であることを知らされ、Bを原告方に呼びつけて問い質し、同人が一時的なものだから責任をもって必ず挽回する旨弁明するのも聞き入れず、取引をやめさしてくれと申し入れたこと、すると、今度は、支店長のCが、原告方を訪れて、私が責任をもって何とかしますから私どもにまかしてほしいと言ったので、同人を信用して、爾後は新しく原告担当となったCのアドバイスに従って同人主導の下に先物取引を継続したこと、その後同年八月末ころ、Cが被告を退職し、後任のD支店長が原告の担当を引継いだが、同人は、B、Cの場合とは一転して、最早や挽回は厳かしい旨告げたため、原告は、その直後ころの同年九月五日最後の三枚の銀を仕切り、被告に委託してする先物取引をやめたことが認められ、B及びCの各証言中右認定に反する部分は本件先物取引の経過及び原告の供述に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足る的確な証拠はない。

そして、右事実によれば、Bらの先物取引の投機性についての説明の欠如や断定的判断の提供が原告における損失発生の危険についての判断の誤りを惹起したものというべきである。

(四)  原告は、Bが原告に対し弟のE及び子のFの各名義即ち仮名で、しかも原告の亡父の生前の住所を右両名の住所とすることを勧めたと主張する。

前に判示したとおり、原告は原告名義のほかE及びFの名義で先物取引をしており、別紙Fの売買状況表、成立に争いない乙第四号証の一ないし三、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二〇号証、乙第二三号証の一、二、成立に争いない乙第四号証の二、第一三号証の五のE名下の印影との比較照合及び弁論の全趣旨によって成立を認むべき乙第三九号証、Bの証言、並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、当初原告名義で被告と先物取引委託契約を結び、金六枚の買玉を建てたのであるが、税金対策の都合上、後にEとFの名義でも右同様の契約を結び、EとFの住所を、原告の住所ではなく、亡父の生前の(そして当時は誰も住んでいなかった)住所である滋賀県<以下省略>とし、後にEの住所は同人が就職し居住するようになった埼玉県<以下省略>に変更したこと、Bらは、右が原告の税金対策即ちはっきり言うならば脱税対策であること及び前記亡父の住所にはEもFも居住していないことを知りながら、現告の右申出に応じ協力したことが認められ、これに反する原告の供述は採用しない(原告が先物取引に供する金員が弟のEから預ったものであっても、先物取引をするのは原告自身であるから、原告の名義で先物取引委託契約を締結しなければならないことは言うまでもない。F名義についても、真実Fに金地金を買ってやるのであれば贈与税を払うべきであり、またFの法定代理人として先物取引をするのでないかぎり、原告の名義で右同契約を締結すべきものである。いずれにしても、Fは昭和五八年二月二一日死亡している<これは成立に争いない甲第二二号証によって認める>のであるから、それ以後原告がF名義で先物取引をする理由はない。原告がE、Fの他人名義で先物取引をしたのは、前顕甲第二〇号証に照らしても、脱税対策と認めるのが相当である)。そして他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

そして、以上の事実によれば、原告が他人名義を使用しその者につき原告の住所以外の場所を住所としたことは、被告の必要に出たものではなく、専ら原告の必要に基づくものであるから、被告が、原告の脱税対策に協力したことにつき社会的非難を受けるのはともかく、また委託売付買付報告書および計算書並びに残高照合通知書の送付先として委託者保護の見地上重要な意味を有する委託者の住所を前記のとおり誰も現住しない場所に定めるのに応じたことにつき被告の委託者保護の姿勢の貧困さが窺えて遺憾ではあるけれども、原告に対する関係においてはその権利を侵害する違法な行為と認めるわけにはいかない。

(五)  原告は、原告を担当する者がC支店長に交替した後は、同人主導のもとに所謂「バタバタ商い」即ち無意味な反復売買をさせた旨主張する。

先に判示した事実、別紙Fの売買状況表、原告の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告に対する担当者がC支店長に交替した昭和五九年四月以降、それまでのB担当の期間と異なり、売買対象の商品が銀にかわり、主にまず売玉を建てて比較的短期間に仕切る方法が頻りに反復され、C主導の先物取引がなされたこと、そして昭和五九年四月以降同年九月の取引の終了までの間の銀の新規取引による売買損金約九〇万円及び委託手数料約一二〇万円の合計金二一〇万円を超える損失を生じたことが認められ、Cの証言中右認定に反する部分は前記事実及び原告の供述に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかしながら、前記売買状況表から明らかなように、一日のうちで売った買ったをする所謂「日ばかり」はなく、また、今日買っていると思うと二、三日したら今度売りになり、又二、三日したら買いになるというふうに、売ったり買ったりを盛んにするような所謂「途転売買」も殆どなく、なるほど売買差金の絶対値が手数料の額より小さい取引が数回あるけれども、これだけでは未だ所謂「バタバタ商い」とまで認めることができず、他に原告の前記主張を認めるに足る証拠はない。

(六)  原告は、原告の先物取引に被告が自己玉による向い玉を対応させ、原告の損失を被告の利益に転化させたと主張する。

前記の別紙Fの売買状況表、成立に争いない甲第三九ないし六五号証、弁論の全趣旨によって成立を認むべき甲第二〇、六六ないし六九号証、Cの証言(但し一部)及び弁論の全趣旨によれば、原告が昭和五八年四月ころ以降翌五九年三月ころまでの間にBのアドバイスに従がってなした同人主導の先物取引は、一件の例外もなく、全て買玉を建てて比較的長い期間経過後売って手仕舞いをしたものであるが、この間(但し原告が先物取引をした日に限る)、被告の自己玉が原告の建玉又は落玉と概ね同じ動きを示したのは昭和五八年一〇月二七日の一回ぐらいしかなく、他は被告が売建一本槍の向い玉をしていること、原告が被告に委託して先物取引をした日全体を通じて、被告がその顧客の建玉又は落玉の枚数に対し五〇パーセント以上の向い玉をしなかった日は五、六日くらいしかなく、原告が被告に委託してなした先物取引の枚数全部に対して被告が向い玉をしたことも証拠上明確なものだけでも一〇回ほどあり(甲第四四、四六、五〇、五四、五五<但し昭和八四年一〇月限の分>、五七<但し同年一〇月限の分>、六一、六三<但し同年一二月限の分>、六四号証参照)、結局被告が大規模に所謂「ノミ行為」を行っていたことが認められ、Cの証言中右認定に反する部分は前記各証拠に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、被告のした向い玉は被告外務員のアドバイスに従がいその主導のもとに被告に委託して先物取引を継続していた原告に対する頗る不公正な取引というべきであり、被告の、自己玉は被告東京本社の業務部で扱うもので被告京都支店営業部員の業務とは何ら関係がなく、また東京金取引所の業務規定にも反していないから、自己玉について被告に不当不正なところはない旨の主張には、到底左袒できない。

(七)  そうしてみると、前記(二)の九枚の倉荷証券を原告に交付せず証拠金として預託を受けたこと、同(三)の被告外務員による不当勧誘、同(六)の向い玉は、被告及びその外務員が、前記1の委託者に対する配慮義務に反し、違法であり、かつ故意又は過失があり、結局被告の原告との間の本件取引全体が被告自身のそして被告外務員の不法行為であると認めるのが相当であり、また先に判示した事実によれば、被告の外務員は被告の事業の執行につき右不法行為をしたことが明らかである。

3  なお、先に判示した事実によれば、被告らの右不法行為による損害は、原告が被告に証拠金として交付した合計金三六、一六四、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

四  過失相殺

1  原告の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、滋賀県立彦根東高等学校を経て、昭和五二年岐阜歯科大学を卒業し同年歯科医師の国家試験に合格し、昭和五五年一一月歯科診療所を開業した歯科医師であること、原告は、職業上金の値動きに関心を持ち、歯科医師仲間の会話や新聞などでその値動きにつき多少の知識を有していたこと、診療所を開業した昭和五五年ころ一グラム金五〇〇〇円くらいした金が、昭和五七、八年ころには一グラム金三〇〇〇円台に値下がりしており、そのころ原告の診療所で年間一ないし二キログラムの金を治療のために費消していたことから、原告は、右のように値下りしているときに金を一〇キログラムほどまとめて買っておきたいと考えていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして右事実によれば、原告は、最高学府を卒業したインテリで、歯科医という高額所得の可能な職業につき、金の値動きに関心と多少の知識を有していたものというべきである。

なお、原告の供述中には原告にさしたる資産収入がない旨の口吻の供述部分があるけれども、原告の供述によれば原告は酒造業を営んでいた亡父の遺産を相続によって取得していたことが認められ、先に判示したとおり脱税対策として他人名義を用いて本件先物取引をしており、また原告が、本件の金三六〇〇万円余の損害の外に、後記のようにフジチュー及び豊商事株式会社(以下豊商事という)に委託してなした先物取引でも合計金四五〇〇万円程の損害を出しながら、破産も夜逃げもしないでいること(これは弁論の全趣旨によって認める)などに照らし、たやすく採用できない。

2  成立に争いない乙第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし四、第六号証の一、Bの証言及び弁論の全趣旨によれば、原告が原告ら名義で被告と先物取引委託契約を締結する都度Bから手渡された受託契約準則、危険開示告知書、商品取引委託のしおり、商品取引ガイド中には、右しおりやガイドをよく読むようにとの注意書や先物取引の危険性についての説明書があり、また証拠金を預託したときにBから交付された委託証拠金預り証の裏面にも先物取引に関する注意書があることが認められ、原告がこれらの書面を読みあるいはBにその説明を求めることによって、先物取引の仕組みと危険性を認識することが可能であったものというべきである。

また、成立に争いない乙第一二号証の一、二、四ないし九、一一ないし一三、第一三号証の三、五、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、名下の印影などに鑑みまた弁論の全趣旨に照らし成立を認むべき乙第一二号証の一〇、第一三号証の一、二、四、六、七、第一四号証の一ないし一四、第二四号証の一、B及びCの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告が被告に委託して先物取引をしたときは、その翌日に、被告大阪支店(統轄店)から原告らに対し委託売付買付報告書および計算書を原告指定の住所宛に郵送したこと、右報告書によれば、右取引所で成立した先物取引の内容(商品の種類、新規または仕切の区別、約定年月日、限月、売付または買付の区別、枚数、約定値段、総約定代金、委託手数料等)、今回迄の帳尻残高、売買差金、現金証拠金、有価証券、必要証拠金、証拠金不足額、前回迄の帳尻残高が記載されており、また、注意書き事項として、商品先物取引に元金の保証、利益の確約、安全確実等いわゆる保証的要素となるものは全くございません。当売買取引は、あくまでご自分のご意志や判断によって行って下さい。万一、間違いやご不審の点がございましたら、直ちに統轄店監理課責任者にお申出下さいと記載されていること、また被告の右統轄店は、毎月月末頃、必ず、原告に対し、残高照合通知書、同回答書及び回答用封筒を原告の指定した住所宛に郵送し、原告は、殆ど毎月右書類の記載事項が間違いないという趣旨の回答書を被告に郵送し、右回答をしなかった月についても右通知書の記載に誤りがあるとして異議を申し立てたことはなかったことが認められ、原告は右報告書及び通知書の記載を検討することによってその時々に損をしているか否かの判断が可能であったというべきである。

なお、先に判示したように、原告は脱税対策のためEとFの名義で先物取引委託契約を結びかつ右両名の住所を亡父の生前の住所で当時誰も住んでいなかった滋賀県<以下省略>とし、後にEの住所を同人の就職先の埼玉県<以下省略>へと変更届を出したため、F及びE名義の取引に関する右報告書及び通知書が速かに原告の手に入らなかった事実があるけれども、これは原告の自招の危険であったというべきである。

3  先に判示の事実、成立に争いない乙第二五号証の一ないし五、第二六号証の一ないし四、第二七ないし二九号証、第三五号証の一、二、第三六ないし三八号証、原告の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に委託してなした先物取引で金二〇〇〇万円弱の損失を生じたことを知った後の昭和五九年三月一日以降昭和六〇年二月までの間、フジチューに委託して金、銀、繭糸、ゴム、生糸、輸入大豆の先物取引をして合計金三六〇〇万円余の損失を生じ、更に、性懲りもなく、本件訴え提起後の昭和六〇年七月以降昭和六一年二月までの間、豊商事に委託して金、白金、ゴム、輸入大豆、小豆、乾繭の先物取引をして合計金九〇〇万円弱の損失を生じたことが認められる。

4  そして、以上1ないし3の事実に照らすと、被告に委託してなした本件先物取引で原告が先に判示したように金三六一六万四〇〇〇円の損害を被ったことにつき、その六五パーセントは原告自身の過失によるものと認めるのが相当である(なお付言するに、原告が被告に預託した証拠金三六一六万四〇〇〇円全額が不法行為の損害であるとする以上、九枚の本件倉荷証券は被告の所有に属するものというべきである)。

そうしてみると、被告は前記損害金の三五パーセントにあたる金一二六五万七四〇〇円とこれに対する不法行為の後の昭和五九年七月二四日(これは原告が被告に対し最後の証拠金一〇万円を交付した日の翌日にあたり、原告はこの日を始期として遅延損害金を請求している)から支払済みまで年五分の割合の遅延損害金を支払う義務がある。

五  弁護士費用

当裁判所に顕らかな本件訴えの主張立証の内容及び前記判示の判決内容等に照らすと、原告がその訴訟代理人に支払う所謂弁護士費用として金一二五万円を被告に負担させるのが相当である。

六  まとめ

よって、原告の予備的請求について判断するまでもなく、被告は原告に対し金一三九〇万七四〇〇円及び内金一二六五万七四〇〇円に対する昭和五九年七月二四日から支払済みまで、内金一二五万円に対する昭和六〇年四月二〇日(本件訴状送達の日の翌日、原告はこの日を始期として遅延損害金を請求している)から支払済みまで、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右各金員の支払を求める限度で理由がありこれを認容すべく、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担及び仮執行宣言につき民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 重吉孝一郎)

<以下省略>

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